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「若山牧水歌集」伊藤一彦 編


若山牧水、というとやはり「旅と酒」のイメージがとても強い。
確かにそうなのだけど、今回全歌集からの抜粋である本歌集を読んでみて、
ずっと広い世界に触れることができて嬉しいと思う。
*以下に引用する短歌は、すべて「若山牧水歌集」より。
「」にて収録された歌集を示す。


 山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君 「海の声」

若き日の牧水にも恋の喜びは当然あったのだろうけど、
あまりに強い心情のこもった歌で、驚いた一首だ。
牧水本人は知らなかったそうだが、既に結婚している女性との恋があったという。
盲目的な恋の末に、結局は実るはずもなく破綻しているが、
純粋に捧げた想いと、どうにもできない現実との折り合いがうまくつかず、
のめり込んだ分、後に響いたのかもしれない。
20代のときの複雑な事情のある恋が後々まで
牧水の精神には影響を残したようだ。


 けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴しつつあくがれて行く  「海の声」       
 わが行けばわがさびしさを吸ふに似る夏のゆふべの地のなつかし
                                   「独り歌へる」   
 旅人のからだもいつか海となり五月の雨が降るよ港に      「死か芸術か」    

牧水の旅立つわけ・・・本人のなかに、自分自身でも抑えがたい
寂寥感や孤独の存在。
それを埋めるためか、突き動かされてか・・・。

今いる場所では満たされない空虚さを抱えてさまよってみて、
はたして空虚さは薄れたのだろうか。
否、よりはっきりと現れる寂しさや、やるせなさを
旅先の風にさらし、風景のなかに
わが身をおくことでしかなかったのではないだろうか。
それでもまた自分の行くべき場所や、まだ見ぬ場所を求めていく姿そのものが
牧水本人の最も正直な生き方だったのではないだろうか。
富国強兵の当時の時代の流れとは合っていないが、
牧水にはどうしてもその姿しかなかったのではないか。
言ってしまえば「渇き」なのだろう、ひとを突き動かすのは。
歌を読んでいるうちに、あくまで正直で不器用なひとりの姿が立ち上がってきて
それが牧水の短歌への共感につながっているのかもしれないと思う。

人生全体の流れのなかにそれぞれの歌を置いて読むと
まだ見たことのない場所への憧憬や自然への愛着も端々に窺えて微笑ましい。

 竹煮草あをじろき葉の広き葉のつゆをさけつつ小蟻あそべり 「さびしき樹木」  
 行き行くと冬日の原にたちとまり耳をすませば日の光きこゆ   「くろ土」   

今と違って、一度旅に出てしまえば
家族とはしばらく連絡もろくに取れなかった時代だろう。
遠くから偲ぶ気持ちが美しい家族への歌も生んでいる。

 わが妻の好める花の濃むらさき竜胆を冬の野に摘めるかな   「渓谷集」      
 をとめ子のかなしき心持つ妻を四人子の母とおもふかなしさ  「黒松」      



牧水の歌を読んでいると、既に多くが失われた感もあるが、
日本に広がっていた風景が見えてくるような気がして、それもまた魅力的である。
「牧水の歌に惹かれる」ということは、同じように旅に出たいけど
現実にはそうもいかない境遇にいて
自分の願いや憧れを牧水の歌の世界に託しているのかもしれない。
どこかへ行きたくなったら、また手にとって探ってみたい世界である。



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2013.08.18 Sun l 読書 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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